アメリカニューヨーク留学中に韓国人男性との辛い恋愛体験談 学生寮とパーティーでの出会い

[女性からの投稿]

私は大学からニューヨークに住んでいました。そのときの辛い恋愛体験談をお話します。

ニューヨークのコロンビア大学に留学したのです。

5月から始まるサマーセッションを受講するために、5月にニューヨーク入りしました。

滞在先はコロンビア大学のキャンパス内にあるジョンソンホールという名前の寮でした。

その9階の一人部屋に夏の間は住むことになったのです。

大学は夏休みで、レギュラーの学生のほとんどは大学を離れていたので、寮は割と静かで居残りをしている学生と留学生がたくさんいました。

私は自分の部屋から授業がある教室までの往復を繰り返していたのですが、私の部屋の斜め前の部屋に住む、イタリア系アメリカ人のマリオという名前の男性から好意を寄せられてしまいました。

何度もドアをノックされて、一緒に食事に行かないか、と聞かれたり、映画に誘われたりしましたが、ことごとく断り続けていたのです。

マリオはコロンビア大学のロースクールに通う弁護士のタマゴで、なかなかのハンサムなイタリア系でした。

しかし、どんなに誘っても応じない私に、半ばやけくそになっているような感じがしました。

そして、ある日、マリオが夜ドアをノックしてきて、同じ階に住む韓国人の友達の誕生日なので、パーティーをしているから、そのパーティーに行かないか?と誘われました。

そして、そこには日本語が話せるアメリカ人もいるということで、私は行ってみることにしました。

同じ9階の端の部屋に行くと、男子学生が5人ほどいて、その中のジョナサンという男性が日本語を流暢に話していました。

そして、誕生日の主人公の韓国人の男性が立っていて、そのファッションセンスがダサくて、昔の中国から来た人のようだな、と思いました。

私の英語力はあまり上手いほうではなく、皆が話している半分くらいしか理解ができませんでした。

それで、後で聞いた話によると、その日、マリオが、自分が気に入った子がいるんだけど、なかなか誘いに乗ってくれない、と皆に言って、誕生日パーティーに連れてきて、みんなでどんな子なのか見てみよう、ということだったらしいのです。

そのパーティーを機会に私は韓国人の男性と知り合ったのでした。

私は子供の頃からブリティッシュロック好きで、イギリスが大好きで、意識が欧米を向いていて、東洋のことには疎くて、韓国のこともほとんど知りませんでした。

私にとっては初めて知る韓国人だったのです。

その韓国人は顔が石田純一にそっくりだったのですが、なんだかパッとしない感じで、素朴な感じがしました。

その素朴さがなかなかいいかも、と思いました。

それで、その韓国人と知り合って、一緒にカフェテリアに食事に行くようになりました。

そのひとの部屋にはロフトのように机の上にベッドがあって、ちょっと変わっていました。

彼は私の部屋をノックするようになって、よく会いに来るようになりました。

寮の彼の友達は皆、なかなかガールフレンドを作ろうとしない彼が女の部屋に入り浸るようになったことが面白かったらしく、また、やっとガールフレンドを作りそうになっていた彼を応援していました。

そして、ある日、韓国人の彼が私を映画に誘いました。

リンカーンセンターの映画館でリバイバルで上映されているアマデウスを見に行こうということでした。

彼はクラシック音楽が好きだったのです。

ブリティッシュロックのことは全然知りませんでした。

クラシック音楽好きは彼の父親からの影響だそうで、アマデウスに誘ったそうです。

それで、日ごとに親しくなっていって、夏休みになって、お互いの部屋のどちらかにいるようになりました。

ある日、彼が風邪をひいて、高熱を出したので、私は彼を私のベッドに寝かせて、濡れタオルを額に乗せて看病しました。

その看病が効いたらしく、彼は私に告白しました。

私も彼のことが気に入っていたので付き合うことにしました。

その日は7月4日でアメリカの独立記念日で、窓からセントラルパークの打ち上げ花火の音がしていました。

そして、私と彼は初めてキスしました。

夏のキャンパスは学生の数が少なくて、のんびりした感じで、とても楽しかったのです。

私と彼は夜中に一緒に大学の前にあるユニバーシティーマーケットまで買い物に行ったりしました。

24時間営業している店はそこだけだったので、夜中に手をつないで一緒に買い物に行っていたのです。

すると、寮の入り口に日本人の男性が待ち構えていました。

その人物は日本で一回だけグループでお茶を飲んだ時に知り合った男性で、私につきまとって付き合いを迫っていた人だったのです。

私はその人に彼を見せて、ボーイフレンドが出来たから付き合えない、と言いました。

しかし、その日本人の男性は全く動ぜず、付き合ってほしいと言いました。

それで、3人で話をしたのですが、日本人の男性は一緒にブロードウェイのミュージカルを見に行ってくれたら諦める、と言いました。

それで、一緒にミュージカルを見にいくことになりました。

そして、その人は私にティファニーのネックレスやベネトンのセーターなどをプレゼントしてくれました。

私が受け取るのを断ると、ゴミ箱に捨てると言いました。

それで、捨てるぐらいだったらもらう、ということで、もらうことにしました。

そして、もう諦めると言う約束をして、その人は日本に帰って行きました。

その人はニューヨークを発つ前に空港から手紙を書いて送ってきました。

日本人男性に好かれているのを知った韓国人の彼はかなり嫉妬していました。

しかし、そんな彼にも内緒のことがあったのです。

韓国では徴兵制があって、徴兵を逃れるために、親同士が知り合いのアメリカ国籍の韓国人女子大生の許嫁が彼にはいたのです。

季節が変わって、キャンパスが賑わいを取り戻した頃、彼の母親が韓国からやってきました。

そして、二人でどこかに行くことになって、私は胸騒ぎがしました。

すると二人はヒューストンに行って、その許嫁の女性と彼は結婚したのです。

全ては徴兵を免れるためにグリーンカードを手に入れるためでした。

私は信じられなくて泣き叫びました。

彼はヒューストンから帰ってきても、私に会いに寮の部屋を訪ねてくるのでした。

私の周りの人たちは、彼はもう結婚したのだから会わない方がいいと言いました。

しかし、気持ちは変わらず彼のことが好きで、また彼も許嫁と結婚はしたものの、気持ちは私にあったので、どうしても私に会いたいと思うのでした。

だけど、それ以上関係を続けることは、不倫になってしまうので、辛くても合わない方がいいということが頭ではわかっていましたが、気持ちは複雑でした。

彼は本当に私のことが好きなのだろうと思いました。

しかし、バレンタインデーにヒューストンの女性から彼に熊のぬいぐるみがついた花束が届いて、「いつも愛しています」と書いてあるのを見て、彼が両天秤をかけていることを知りました。

私との関係を続けながら、グリーンカードのために彼女にもいい顔を見せているのだな、ということがわかったのです。

そうして、私は彼を無視することにしました。

すると、そのショックで、彼は血で書いた「人生無常」というカードを私の部屋に届けたのです。

狂気じみていて、気持ちが悪くなりました。

せっかくいい関係ができていたのに、彼はグリーンカードのために好きでもない人と結婚して私を失うことになったのです。

私はそれ以来、彼に会うのをやめました。留学中の辛い恋愛体験談でした。